※人工透析の歴史
1965(昭和40)年頃から、東京都や新潟県で血液透析が導入されていたようです。
当時、透析の効果は顕著であったが、当時の金沢大学では2台の機械に対して約60名の透析患者が、機械を空くのを待っていました。『お金の切れ目は命の切れ目』と言われていて、透析も順番待ちの状態でほとんどの人が亡くなり、1年間に100名以上が透析を待っている間に尿毒症で亡くなりました。


1967年に血液透析が医療保険の適用となり、それまでの全額自己負担から保険給付を受けれるようになりました。しかし、それでも負担がなくなったのは一部の人に限られていました。

国民健康保険や被保険者の家族は自己負担の割合が高く、透析費用捻出のために家を売った人や、高額の透析費用を苦に自殺する人があとを経たず、社会問題にまで発展しました。
この運動が実り、1972年に身体障害者福祉法の対象となり、血液透析患者に更生医療が適用。自己負担が大幅に軽減されたのです。

このように患者会のおかげで『誰でも、いつでも、どこでも』、透析治療を受けられるようになりました。ただ、自身の透析よりも活動を優先したために亡くなられた人々を忘れてはいけません。
私たちが、現在のようにほとんど自己負担なしで透析が受けられるようになったのは、患者会を立ち上げた先人たちのおかけで、自分が安心して透析を受けられるのも、先輩たちのおかげです。


※先輩たちが国会請願などで実現した主な成果
1972年 人工腎臓療法が身体障害者福祉法、児童福祉法の対象となり、更生医療・育成医療で透析医療費の自己負担は所得による一部負担以外は解消される。
1972年 人工腎臓の医療費に公費助成が始まる。
1974年 小中高生の検尿が義務化になる。
1978年 腎移植が健康保険適用になる。
1979年 腎移植が更生医療・育成医療の適用になる。
1980年 道腎臓機能障害者通院交通費の補助事業が開始される。
1984年 人工透析は特定疾病療養費の適用、自己負担限度額が1万円になり、健康保険本人も地方自治体の心身障害者医療助成事業の対象になり負担はなし。
1984年 北海道腎臓バンク開設。
1986年 国が腎移植推進月間を決定。
1989年 エリスロポエチンが製造承認。貧血が劇的に解消される。
1990年 JR・航空運賃の身体障害者割引制度が内部障害者にも拡大される。
1994年 有料道路通行料割引制度が内部障害者にも拡大される。
1994年 血液透析ろ過(HDF)が健康保険の適用になる。
1995年 一般社団法人日本腎臓ネットワークが発足する。
1997年 札幌腎友会の請願署名により、札幌市のタクシー利用券が年間48枚から60枚になる。
1997年 脳死臓器移植法の施行(臓器提供意思表示カード配布開始)。
1997年 日本臓器移植ネットワーク北海道ブロックセンターが発足する。
1999年 初の脳死移植が実施される。
1999年 第一回臓器移植推進全国大会を札幌市で開催される。
2010年 札幌市障害者交通費助成制度が改正される。札幌腎友会と他障害者団体の運動により、重度1・2級の助成・福祉パスの継続を決定される。

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